「冤罪の構図」連載完結のお知らせ

冤罪

私と秋田真志弁護士が弁護団の一員として担当したプレサンス元社長冤罪事件について、元被告人の山岸忍さんはかつて次のように語りました。

誰にだって間違いはあります。検察もそうです。どれだけ優秀な人間がどれだけ一生懸命にやっても、人間である以上、ミスからは逃れられません。ただ、ミスをした時に、そのこと認め、その原因を検証し、改善策を講じなければ、再び、同じ過ちが生じてしまいます。私が何より許せないのは、私に対する事件が証拠の無視と無理な取調べによって捏造されたものであることについて、検察が何も反省していないことです。これまで謝罪の言葉もありませんし、原因の究明や再発を防止するための方策を講じられてもいません。普通の企業であれば、不祥事が起こったときに第三者の調査を入れるなどして、原因と再発防止策を講じます。これは組織として当たり前のことです。国の機関は、それをしなくてもいいのでしょうか。私の無罪判決後、多くの方から「約10年前に大阪地検特捜部が起こした村木事件と同じ構造だ」とのご指摘をいただきました。私の冤罪事件こそが、まさにミスにきちんと向き合って改善を行わなかったことで再び生じた「同じ過ち」そのものだったのではないでしょうか。私はこの「同じ過ち」を更に繰り返させたくありません。私が冤罪の被害に苦しめられた最後の一人になりたい、そう思っています。

【プレサンス元社長冤罪事件】山岸忍氏の意見陳述内容(6月13日)より引用

私は冤罪がどのようして起きるのかについて研究しているのですが、冤罪事件が起きた際に原因究明と再発防止のための検証が行われず、同じ過ちが繰り返されていることが大きな問題だと考えるに至りました。そのため、この山岸氏の意見はまさに本質を突いているものだと感じました。

一方、山岸氏の意見は私自身にも刺さるところがありました。確かに、冤罪の検証は、その原因を作った国側が第一次的な責任を負うべきものかもしれません。しかし、検証が実際に行われず、そのことを冤罪に巻き込まれた当事者が残念に思っている状況において、冤罪の検証をしなくてよいのか?という問いは、検察官と同じく司法に携わっている私に対しても投げかけられているように感じたのです。

弁護人は捜査過程を全て知ることができないほか、開示証拠の目的外使用禁止規定(刑事訴訟法281条の4)があるため、冤罪の検証をしようにも限界があります。しかし、その事件の問題点を一番知っているのも弁護人である私たちです。仮に国(検察)側が冤罪事件を検証したとしても、一方当事者の目線からの検証では必ず詰めの甘さが出てしまうと思います。そうだとすれば、弁護人による冤罪の検証はいずれにしても必要不可欠となります。

そこで、私は刑事弁護レポートではなく、従前の法務省や日弁連の行った冤罪事件の検証報告書を参考に、冤罪の原因究明および再発防止という観点からの冤罪報告書を書いてみました。従前の報告書にはなかった認知心理学、社会心理学、リスクマネジメントといった知見も勉強し、より多角的に原因究明および再発防止を検証しようとしました。この冤罪報告書は27ページ、28555字に及びました。私は同じ事務所の秋田に、将来の冤罪を防ぐためにこれを法律家向けに公表することはできないかと訴えました。そうしたところ、ページ数が多すぎて1回の報告書という形では雑誌等に掲載できないだろうと言われてしまいました。なんということでしょう。書きすぎてしまったのです。

しかし、秋田と、私がしんゆう法律事務所での刑事弁護重点修習でお世話になった川﨑拓也弁護士らは、なんとかこの報告書を最善の形で世に公表できるよう尽力してくれました。その結果、季刊刑事弁護にて1年間連載させていただくことになったのです。季刊刑事弁護は私が裁判官だった時に一番好きな雑誌であり、そこに1年間も連載を持たせていただくことはとても光栄なことでした。そして、次のとおり、1年間の連載が行われました。

季刊 刑事弁護111号:冤罪の構図—プレサンス元社長冤罪事件(1) 捜査機関の見立ての誤り

季刊 刑事弁護112号:冤罪の構図―プレサンス元社長冤罪事件(2)取調べにおける問題点

季刊 刑事弁護113号:冤罪の構図―プレサンス元社長冤罪事件(3)公判における問題点

季刊 刑事弁護114号:冤罪の構図―プレサンス元社長冤罪事件(4)冤罪の構図と冤罪の構造

これらは結局41ページ、49052字の報告書になってしまいました。書きすぎてしまったのです。しかし、ページ数が多くなってしまうという私の謝罪にも、毎回編集部の方に温かい目で見守っていただきました。また、事件自体が分かりやすいものでなかったにもかかわらず、色々な方に熱心に読んでいただき、応援していただきました。弁護士のみならず、知り合いの検察官、裁判官の方々からも「面白かった」「切り口が興味深かった」と言っていただけたのはとても心強かったです。本連載をきっかけにして、冤罪原因や再発防止策に触れる論考が増え、少しでも冤罪予防を法律家全員で目指せる世の中になれば良いなと思います。

そして、この連載は本日令和5年4月20日に発売の季刊刑事弁護114号をもって完結となります。最終号ではそれまでの冤罪原因を総括し、社会・司法構造まで広げた考察をするものとなっております。皆様ぜひご覧ください。

投稿者プロフィール

西愛礼
西愛礼
2016年千葉地方裁判所判事補任官、裁判員裁判の左陪席を担当。2021年依願退官後、しんゆう法律事務所において弁護士として稼働。冤罪の研究及び救済活動に従事。イノセンスプロジェクトジャパン運営委員。日本刑法学会、法と心理学会所属。