秋田真志弁護士が登場する映画『Winny』を同じ事務所の弁護士が解説してみた

冤罪

映画『Winny』について

映画『Winny』の上映が全国で始まりました。

実際のWinny事件において、弊所の秋田真志弁護士が主任弁護人を務めたため、映画にも秋田真志役を吹越満さんが演じてくださっております。

Winny事件について、私自身、アベプラに出演させていただき壇俊光弁護士(Winny事件担当弁護士、書籍『Winny』著者)やひろゆきさんらとお話ししました。

 

Winny事件とは?

Winny事件(ウィニーじけん)とは、ファイル共有ソフト「Winny」に絡む著作権法違反(公衆送信権の侵害)を問われたものの、無罪となった刑事事件である。利用者だけではなく、アプリケーションソフトウェア開発者も、逮捕・起訴されたことで、情報産業従事者以外からも注目された裁判となった。

2004年5月31日、Winnyの開発・配布者である金子は、京都地方検察庁によって京都地方裁判所に起訴された。起訴するにあたっては、正犯である2人(愛媛県松山市の少年A・群馬県高崎市の男性B)の著作権侵害行為への幇助行為が、起訴事実として挙げられた。京都府警察の事情聴取に対して、金子が「インターネットが普及した現在、デジタルコンテンツが違法にやり取りされるのは仕方ない。新たなビジネススタイルを模索せず、警察の取り締まりで、現体制を維持させているのはおかしい」などと供述していたことから、京都地検はコンピュータプログラム自体の違法性などの是非には言及せず、そのアプリケーションソフトウェアを作成・配布した金子の行為に幇助の故意を認め、雑誌などにより違法に使われている実態が既に明らかになった後も開発を続けていたことから、悪質であると断じた。これらの起訴事実について、金子は正犯との面識がないことなどを挙げて全面否認し、以後、検察側と弁護側が全面的に争うこととなる。

Wikipedia「Winny事件」より引用

Winny事件の解説については、報道ランナーの特集が詳細であり、秋田もインタビューに答えています

映画『Winny』の見どころ

圧巻の法廷シーンのリアリティ

映画『Winny』は、まず何と言っても法廷シーンがとてもリアルです!

裁判官・検察官・弁護士が見ても唸るリアリティでした。こんなに実物に近い法廷映画はあまりないのではないでしょうか。このリアリティの秘密は、日本映画史上初とも言える”弁護士の模擬裁判による演技指導”にありました。

──裁判のシーンについては、撮影とは別に壇先生の監修のもと、模擬裁判を実施されたとか。

三浦 模擬裁判は大変だったけど、実際どういうものだったのかわかったからやってよかったですね。

吹越 実際の裁判記録にのっとってやったからね。普通のドラマや映画に出てくる裁判シーンにも、監修してくれる弁護士の方がいらっしゃるんだけど、その方も経験してない、ドラマ上の架空の裁判じゃないですか。「こういうときに弁護士は立ち上がりますよ」とか「資料を見ながらしゃべってもいいですよ」っていうことは教えてくれるけど、その裁判に携わってはないわけだから。

東出 実際に関わった人が監修してるのは大きいですよね。

三浦 「ここではそうやらないと思います」じゃなくて「それはやってなかったです」だから。

東出 そうですよね。「金子くんはこのとき、腕を前に組んでこんな顔だったよ」とかそういうお話も伺ったりしながらやってました。あと「証人はこれを読んでください」って紙を渡されて読んでみたら「ダメダメ! 金子くんはそんなにきれいに読めないから!」「もっとどもって!」「もっと早口で!」とかいろいろ言われて(笑)。

吹越 証人尋問に関しては、実際の裁判が映画の台本みたいにきれいだったから、「秋田先生、すげえな」っていうのもわかりましたし。

映画ナタリー「ネット史上最大の事件”を描いた「Winny」撮影の裏側を東出昌大、三浦貴大、吹越満が語る」より引用

実際に壇弁護士らが模擬裁判を実演し、役者さんたちがそれを参考にしたようです。

秋田真志弁護士役を演じる吹越満さんの反対尋問が凄い

特に、秋田真志役を演じた吹越満さんは法廷シーンを演じるにあたって、秋田らのグループが書いた「実践! 刑事証人尋問技術 part2: 事例から学ぶ尋問のダイヤモンドルール」を読み込まれたのだとか。

上記の映画ナタリーの記事でも語られていますが、吹越満さんは反対尋問のセオリーを完全に理解されていました。つまり、反対尋問では証人に言い訳をさせてはいけないので、証人の大事な証言をピン止めしたうえで矛盾を突き付け、それ以上は追及しないことを繰り返していくことで証言が信用できないことを浮き彫りにしていくのです。

映画では、壇弁護士が書かれた書籍「Winny」において「伝説の尋問」とされている秋田の証人尋問も描かれています。

金子勇役を演じる東出昌大さんも凄いらしい

秋田とたまに事務所でWinny事件について話すのですが、関係者試写会で映画を見てきた頃の第一声は次のようなものでした。

「東出くんって子の演技凄いで、あれは。『金子君ってこういう動きする』っていうのをちゃんと演じてて、実際に金子君のことを見たことある人からすると『金子君がいる!』ってなるんですよ。東出くん自身、金子君とは実際に会ったこともないはずなのに凄いなあ。」

実は同じことをひろゆきさんも言ってました(こちらの動画1時間5分~)。

金子さんの実のお姉さまも「勇ちゃんがいる!」とコメントしており、東出さん自身、それを「役者冥利に尽きる」とお話しされています(「東出昌大、金子勇氏の姉の賛辞に感謝「役者冥利に尽きる言葉」 涙ぐむ一幕も」参照)。

秋田は完成披露試写会で東出さんともお会いして、今ではすっかり東出さんのファンになっています(壇弁護士によると、秋田は完成披露試写会で東出さんと一緒に撮った写真を大事そうにしていて、娘さんに自慢すると嬉々としていたようです)。

映画『Winny』の解説と裏話

なるべく深いネタバレを含まないように気をつけましたが、映画の内容に言及するため、以下の解説は本筋以外の部分における若干のネタバレも含みます。映画を見ていない方はご注意ください

 

 

 

 

 

 

秋田弁護士のキャラクター

吹越さんにはカリスマ・ベテラン弁護士として超然的な秋田を演じていただきました。映画では他の登場人物と被らないようにだと思われますが、この秋田弁護士のキャラクターはデフォルメされています。

実物はどんな感じかというと、優しくお茶目な感じです。弁護団の中では年上だったので、当時もお兄ちゃん的な役割だったのかもしれません。

実物の秋田は映画と違ってタバコも吸いません。ただ、吹越さんの「(壇弁護士の事務所でタバコを吸おうとして)あ。あかん?」と聞くお茶目なシーンは実物っぽかったなと思いました。

秋田が金子さんは天才だと感じた点

金子さんのプログラミング技術が時代を先取りしたものであることは色んな方が話していますが、その優れた感性は刑事事件の被疑者としても発揮されていたようです。

というのも、映画の公開よりもだいぶ前、秋田とWinny事件について話していたとき、こんなお話がありました。

Winny事件の当時、まだ取調べで黙秘をすることはそんなに一般的ではなかったんやけどね。金子君は誰に指示されたわけでもないのに、検察官にもう何を話しても無駄と悟ってからは自分の判断で黙秘したんですよ。今、その黙秘は刑事弁護のセオリーにもなっている。彼はやっぱり天才です

過去の冤罪事件を踏まえると、取調べで何か供述することで、かえって真実が歪められてしまうおそれがあります。そこで、「黙秘は真実を守る」という見地などから、弁護士が供述をすることによって利益があると判断した場合以外は原則として黙秘をするというセオリーが提唱されています。秋田が考える具体的な取調べを受けるにあたっての心構えや黙秘については、本ブログの「取調べを受けることになったら ―取調べを受ける心がまえについて」をご覧ください。

公判中にプログラミングができなかった理由

弁護人から金子さんに対して、保釈中にプログラミングに関する指導がありました。

おそらく、保釈条件としてプログラミングが禁止されたわけではないと思います。しかし、プログラミングを公開すること自体で”罪証隠滅”(証拠隠滅)が疑われ、保釈が取り消されるリスクを考えたのだと思われます。

また、Winnyのプログラミングをして新しいバージョンが公開された場合、それが新しい著作権侵害の幇助行為だとして再逮捕されるおそれもあります。

これらのリスクからプログラミングが委縮されてしまったのだと推測しております。

刑事裁判によって約7年間プログラミングが委縮されてしまったこと自体、刑罰以上の苦痛だったのかもしれません。

お姉さんとの連絡をしてはいけない理由

金子さんがお姉さんとの連絡を禁じられたことがありました。

第1審判決によれば、金子さんとお姉さんとのメールのやりとりを検察官は有罪の証拠として提出していたようです(ただし、地裁は当該証拠を踏まえても著作権侵害の「蔓延」目的を認定せず)。

そのため、当該メールの解釈や、メールに残っていない前後のやりとり(電話等)について、”罪証隠滅”のおそれがあるとされ、保釈においてお姉さんとの”接触禁止条件”が付されたのだと推測しております。

しかし、家族とのコミュニケーションの自由は、世界人権宣言12条や自由権規約17条などにおいても定められており、本来、国際的に保障されるべきものです。

今後、できる限り家族と連絡をとれないというような苦痛は避けなければなりません。

Winny事件の裁判についての解説

Winny事件は、ファイル共有ソフトWinnyの開発者である金子勇さんが、著作権侵害の幇助犯の罪に問われた裁判です。第1審で有罪判決(罰金150万円)となりましたが、高裁、最高裁にて無罪判決が宣告されました。映画では敢えてこの経過が描かれていません。

もっとも、その後なぜ、どのようにして無罪になったのかが気になられる方もいらっしゃると思います。そこで、Winny事件の裁判について解説いたします。

このWinny事件では、”中立的行為による物理的幇助”というこれまで一度も裁判で争われたことのないことが争点になりました。要するに、刃物を作った職人が刃物が悪用されることをどこまで分かっていたら有罪になるのか、高速道路を作った人がどこまで交通違反が行われると分かっていたら有罪になるのか、ということです。

第一審の京都地裁は、弁護団の奮闘もあって検察官側が立証しようとしていた「著作権侵害を蔓延させる目的」については否定されました。しかし、金子さんのネットでの書き込み内容などから、著作権侵害が起こることは分かって開発したと認定し、有罪判決を宣告しました。

有罪の意見は、たとえWinnyが有意義な技術であったとしても、他方で映画・書籍・ゲームといった著作権者側の発展を阻害するものであり、技術開発者側としては著作権等に配慮して開発すべきだったという考えが強かったのだと推測されます。

これに対して、弁護団は控訴し、控訴審でも弁護を尽くした結果、大阪高裁は第一審を破棄して無罪判決を宣告します。大阪高裁は、中立的技術の開発において、単に悪用されるかもしれないと分かっていただけでは足りず、それ以上に悪用を推奨するような場合に有罪になるとしたうえ、金子さんはWinnyを悪用しないようにHPでも呼びかけていたことなどから無罪としました。

無罪判決に対して検察官が上告し、舞台は最高裁に。最高裁は1審と高裁のいわば間をとったような形で、悪用を推奨するような場合に加えて、例外的とはいえない範囲の人が悪用する可能性が高い場合にも幇助犯が成立するという規範を示しました。そのうえで、金子さんがそのような状況を分かっていたという証拠はないと故意を否定して、上告を棄却(無罪判決維持)にしたということです(実際の最高裁の判決文はこちら)。

無罪の意見は、技術が誰かに悪用された場合に開発者が処罰されるというのでは誰も開発をしなくなってしまうため、刑事罰は謙抑的であるべきだという考えが強かったのだと推測されます。

地裁も高裁も最高裁も、Winnyが有意義な技術だというのは大前提として認めたうえで法解釈をしているのですが、人や技術を生かすも殺すも法解釈の匙加減次第になってしまうという怖さがあります。我々法律家はそのことに留意して仕事をしなければなりません。

また、Winny事件のような裁判例がそれまで存在しなかったため、開発当時の金子さんにとっては何をしたら犯罪になるのかが分からない状態にありました。これ自体、技術開発を委縮させてしまう状況です。そのような状況においてルールを明確にするのが司法の役割だと思います。社会の将来の予測が不可能である中、開発者側と他の権利者のバランスの取れたルールを打ち出すことはとても難しいことですが、社会の発展のために必要不可欠なことだと思います。

今回の事件では世論含めて色んな議論が巻き起こりました。その結果、弁護団や研究者から何十本も論文が出て、最高裁もこの何十本もの論文をちゃんと読んだことが調査官解説に残されています。それで無罪という結論になったということは、要するに、社会全体の議論が最終的に無罪判決に結び付いた事件と言えます

今後も法と技術について、社会全体で考えていければよいなと思います。

そのための第一歩として、問題を投げかける映画『Winny』をぜひ劇場でご覧いただき、壇弁護士が書かれた書籍『Winny』もぜひご覧ください!

投稿者プロフィール

西愛礼
西愛礼
2016年千葉地方裁判所判事補任官、裁判員裁判の左陪席を担当。2021年依願退官後、しんゆう法律事務所において弁護士として稼働。冤罪の研究及び救済活動に従事。イノセンスプロジェクトジャパン運営委員。日本刑法学会、法と心理学会所属。