元裁判官が「イチケイのカラス」を読んでみた

冤罪

前置き

裁判官をテーマにした「イチケイのカラス」という漫画を読んだので、元裁判官の経験も踏まえて書評を書こうと思います。

法律家が漫画やドラマの解説や感想を書いてどうするんだ、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、例えば海外の冤罪に関する学術的書籍では、しばしばNetflixの”Making a Murderer”(全米で大反響を起こした冤罪ドキュメンタリー)がよく言及されたりします。

Watch Making a Murderer | Netflix Official Site
Filmed over 13 years, this real-life thriller follows the unprecedented story of two men accused of a grisly crime they may not have committed.

「イチケイのカラス」でも冤罪について触れられていますが、思うに、冤罪を防ぎたいという想いは法律家もそれ以外の人も同じであり、その共通目標を実現するために法律家ができる協力や発信というものがあるのではないかというところから、本稿を書こうと思い至りました。

一人でも「イチケイのカラス」や裁判所に関心をもっていただければ私としても嬉しいです。

あらすじ

職業「裁判官」。仕事は人を「裁く」こと。

有罪率99.9%といわれる日本の刑事裁判。しかし、その判決を下す裁判官たちのことを知る人は少ない……。

特例判事補の主人公を中心に裁判所で働く個性豊かな刑事裁判官や書記官の人間ドラマを描く、裁判官が主人公のリーガル・エンターテインメント!!

イチケイのカラス」公式HPより引用

解説・考察

※本記事は、法律家であるか否かを問わず、また漫画を読んだことのない人も対象にしておりますが、主に第1巻のネタバレを含みますのでご注意ください。

私はこの漫画のテーマは

「伝える」

だと思いました。

 

私たち法律家は何かを伝えるプロフェッショナルとして、日々技術を磨いています。

だからこそ、伝えることがどんなに難しいのか毎日痛感しています。

この漫画では、裁判官を中心にそのような法律家の仕事が描かれているので、何度も伝わらない場面が出てきます。

主人公の坂間裁判官は自身の裁判観に関してこう言い放ちます。

「僕は法壇のこちら側とそちら側では見えない壁があると思っています」

「分かってもらえなくても仕方がない…ということです」

しかし、ある日の裁判では、被告人から

「どうせ聞いてもらっても裁判官には分かってもらえないんでいいです」

と言われてしまいます。

見えない壁があると思ってたのは「法壇のこちら側」だけではなく、「そちら側」も一緒だったんですね。

「あなたのために裁判を行なっている」と考えていた坂間裁判官は「なんなんだ」と苛立ちます。

着任したばかりの坂間裁判官は、同期から、右陪席と裁判長が変わった人だから注意するよう言われますが、同時に興味も持ちます。

良い人か悪い人かは自分で判断する、どうすれば良い裁判をできるのか自問して先輩を頼ろうとする、といったあたりが非常に裁判官っぽいですね。

駒沢裁判長から渡された冊子には、

「被告人から本当のことを聞き出すのは難しい」

「私は否認された時、むしろ「ヤッター!!」と喜ぶようにしている」

と書かれてありました。

私は否認を喜ぶ裁判官は知りませんでしたし、この点は他の裁判官が読んだ時に違和感を持つ人もいるだろうなと感じました。しかし、私は刑事弁護人になってから、初回接見で被疑者の方から否認を伝えてもらえると、今ここで話してくれて良かったととても安心します。だからこそ、駒沢裁判長の凄さや、もやもやを抱える坂間裁判官のことがよく分かりました。

そんは坂間裁判官は、右陪席の入間みちおからこんなことを言われます。

「手続きの向こうにいるのは生身の人間だからこそ、ちゃんと伝わらなきゃダメなんだ」

「手続きの向こう」(法壇のそちら側)に生身の人間がいるからこそ伝えることは難しく「分かってもらえなくても仕方がない」などと諦めてもいた坂間裁判官ですが、生身の人間だからこそ伝えないといけないという姿勢こそが右陪席・裁判長との違いだったわけですね。

坂間裁判官も相手が生身の人間であることや伝えることが大事なことは勿論分かってます。

しかし、裁判で何かを伝えるのは本当に難しいことです。裁判は公平・公正でなければならず、裁判官によって裁判結果が変わってはならないとも考えられます。その中で、どのようにして相手に伝えるのか。坂間裁判官はあるべき裁判について葛藤することになります。

当初坂間裁判官が必要性に懐疑的であった現場検証を行った後、右陪席のみちおからこんなことも言われます。

「裁判官だけが納得して判決書を書くのではダメなんだ。それではいつまでたっても伝わらない。被告人に、被害者に、検察官に、弁護人に、伝わらないんだ。」

すぐ横では通行人がニュースを見ながらまさにその裁判の話をしているのですね。裁判は自分達だけのものではなく、社会からも見られているのだと感じたのではないでしょうか。

そしていよいよ判決を書く時、駒沢裁判長からこう言われます。

「判決書ってのは恐ろしいです。書いた人の人間性そのものが出てしまいます。でもだからこそ向こう側に伝わって納得してもらうことができれば心を動かすことだってできるし世界を変えることができる。」

これは坂間裁判官にも響きます。なぜなら、坂間裁判官は、1話で、裁判官の仕事は、世の中にイノベーションも感動ももたらさないが、確実に人々の生活に作用するし、時には人生を変えてしまう、そういう尊い仕事だ、と捉えていました。その裁判の影響力や尊さについて、駒沢裁判長は「伝わる」ことが鍵なのだと一つのヒントを出してくれたのです。

坂間裁判官は頑張って判決を起案します。

しかし、判決宣告後、ネット上では

「検察とグルですか」

「無能合議体」

「どうせ最初から有罪と決めつけてたんだろ」

などと叩かれていました。私も判決宣告までは予断を排除するために敢えてニュースを見ないようにしていましたが、判決後のニュースやネットはよく見ていました。Twitterで速報を読んでいたりもしていました。

「なんだやっぱり伝わらないじゃないか」

「こちら側がいくら理解してもらおうと努力したところでやはり見えない壁はあるじゃないか!!」

坂間裁判官が改めて伝えることの難しさを痛感した瞬間です。私にもこの種の経験はあります。

結局、被告人は上訴権を放棄しますが、その理由は裁判官にとっては分からないので、坂間裁判官はモヤモヤします。

2巻以降も被告人の伝える難しさ、検察官の伝える難しさ、弁護人の伝える難しさ、裁判員の伝える難しさなどが、様々なすれ違いを題材に、きちんと背景から描写されています。

このモヤモヤ感は、同じく裁判官を主人公とした漫画「家栽の人」でもしばしば描かれていたものです。

読者は伝わらないことにやきもきしながら、それが伝わった瞬間に良かった!と思って読み進めるわけですね。

結局、人は他人と違う以上、伝えることを阻む壁は必ず存在します。

その他人との壁を前にどうするか、あきらめてしまうより、それでも伝えたいともがくというのが本作のテーマなのだと思います。

これは裁判官だけでなく、我々弁護士にとっても重要な課題です。全ての人にとっても共通した課題なのかもしれません。

この点、作者・浅見理都さんの姿勢も素晴らしいです。およそ伝わらないであろう細部まで描くことで私たち読者に精一杯伝えようとしています。

法廷内や法壇の上からの景色、合同宿舎の生活、個包装が多い裁判員のおかし、裁判員選任手続や評議のやりとり、これは分かって描いているのかと驚くほど再現度が高いです。

漫画家さんも同じく何かを伝えるプロフェッショナルであり、同じ問題に対して精一杯悩み抜いたからこその作品なのでしょう。

この作品を読んでいて、私も冤罪を減らすために「法壇のこちら側」のことをもっと伝えるよう努力しないといけないのではないかと感じました。

私は弁護士職務経験で裁判所を外から見るようになってから、裁判官の思考が思っていた以上に弁護士や当事者に伝わっておらず、だからこそ議論が進まないと感じることがよくあります。

私自身、目立つのが苦手で、裁判官経験も浅いので申し訳なく思っているのですが、そのような状況を改善するため、少しでも裁判官との架け橋となり、冤罪抑止に貢献できるようTwitterでの発信を始めました。

 

本作品が、私のように、少しでも多くの人々を刺激し、司法分野に良い影響をもたらせばいいなと思います。

投稿者プロフィール

西愛礼
西愛礼
2016年千葉地方裁判所判事補任官、裁判員裁判の左陪席を担当。2021年依願退官後、しんゆう法律事務所において弁護士として稼働。冤罪の研究及び救済活動に従事。イノセンスプロジェクトジャパン運営委員。日本刑法学会、法と心理学会所属。