「冤罪」とは何か

冤罪
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しんゆう法律事務所は刑事事件に積極的に取り組んでおります。

私自身も冤罪救済活動や冤罪研究に携わっている弁護士の一人です。

ここで、「冤罪」とは何なのでしょうか。

無実なのにあらぬ罪をかけられることなんだろうとなんとなく想像はつきますが、逮捕されること、裁判にかけられること、刑罰を受けること、何が「冤罪」になのでしょうか。

ネットや辞書で調べようとしましたが、引用元の国語辞典だけでもたくさんの種類が存在します。どれが正しいのか分かりません。

そこで、事務所の近くにある大阪府立中之島図書館に行き、司書さんに信頼できる定義づけがなされている国語辞典は何か相談してみました。

司書さんが選んだのは『日本国語大辞典』(第二巻(第二版)、2001年、小学館)。その747ページには、「冤罪」が次のように定義されていました。

えん‐ざい【冤罪】(名)罪がないのに疑われ、または罰せられること。無実の罪。ぬれぎぬ。

つまり、「冤罪」とは

①罪が無いのに疑われること

②罪が無いのに罰されること

の両方の意味があるようです。

無実の罪で疑われたら逮捕の有無や処罰の有無を問わずそれは「冤罪」ですし、無実の罪で処罰をされた場合もそれは「冤罪」だということです。広い意味を持っている言葉なのですね。

続けて司書さんと「冤」という漢字も調べてみました。司書さんが選んだのは『大漢和辞典』(巻二(修訂版)、1984年、大修館書店)。その1211ページには「冤」の解字として、概ね次のような記載がありました(外字・旧字の表記修正)。

会意。冖と兎の合字。兎が覆われて走ることが出来ないで屈むこと。転じて無実の罪を受ける・うらむ・あだの意とする。

「冤」という漢字自体、か弱い兎を拘束した様から無実の罪を受けることを意味していたのですね。確かにその姿は囚われているようにも、罰されているようにも映ります。この「冤」が「罪」という言葉を修飾した結果、「冤罪」という二字熟語が構成され、「罪がないのに疑われ、または罰せられること」という意味を持つことになるとのことでした。

私自身、言葉の定義は時代によって移り変わるもので、誤用についても基本的に寛容でいたいと思っています。しかし、「冤罪」については定義が曖昧なために問題が生じてきた歴史があるのです。

例えば、2007年5月11日第166回国会衆議院法務委員会において、当時の法務大臣は、次のような発言をしています。

「冤罪という言葉は、いろいろな意味で使われるのかもしれませんが、有罪になった方が実は無罪であったというケースが一般的に冤罪と言われているのではないかと思います。」「(裁判で)被告人が無罪になったときも冤罪と言うのは、一般的ではないのではないかと私は思っておったということを申し上げました。」

ここでは、裁判で無罪になった場合、すなわち上記①の「罪が無いのに疑われること」は一般的な「冤罪」ではないという発言をされています。確かに、上記②の「罪が無いのに罰されること」も「冤罪」の定義の一つですが、上記①の「罪が無いのに疑われること」が冤罪の定義として一般的ではないというのは、辞書的な定義や熟語の成り立ちに沿っていない発言と思われます。

おそらく、「冤罪」と一緒によく問題とされる「誤判」や「再審無罪」と意味を混同してしまったのではないでしょうか。また、日本において「冤罪」という単語は何かの法律の中で使われるような正式な法律用語ではないうえ、単語としての普及度合も高くないこと、無実の罪で罰されることも「冤罪」の定義の一つであることなども、上記のような誤用の原因かと思われます。

同様の間違えは他にもあります。2008年2月14日第169回国会衆議院予算委員会において、当時の法務大臣(上記とは別人)は、裁判で無罪となった志布志事件という事件については「冤罪」と呼ぶべきではないと発言したことについて、次のように述べました。

「私も寝ないで一晩考えて、きょう午前中も考えまして、実は、やはり反省しなければならないなと思う点に思い当たりました。というのは、広辞苑を引きました。「ぬれぎぬ」と出てきます。このぬれぎぬというのは、まさに私が考えている人違いみたいなケースなんですが、やはり「無実の罪」と出てくるんですね。冤罪は無実の罪であると。この解釈も難しいけれども、「実の」を取ると「無罪」ということになりますね。そういうふうなことを考えますと、私が頭の中で冤罪の分類をしてきた、しかし、志布志事件の被告の方にしてみれば、無罪になったときに、我々は冤罪だったんだ、冤罪が晴れたんだ、冤罪を晴らすことができたと皆さんがおっしゃったとして、私はそれを否定する何の根拠も持っていない。そういうことに思い当たったものでありますから、この全く意味の不確定な冤罪という言葉、委員会では、冤罪と思うかという質問もよくされることがあるものですから、どうしても使ってしまいましたが、今後、公式の場では冤罪という言葉は一切使うまい、そのように考えるようになりました。そして、昨日の発言について、志布志の被告であられた方々が不愉快な思いをされたとすれば、これはおわびをしなければならないと思っております。」

この法務大臣は辞書で「冤罪」の意味を確認し、誤用を謝罪したということになります。

確かに、国会のような場で「冤罪被害者を救おう」「冤罪を予防しよう」「冤罪の原因を究明しよう」と議論をするときに、「冤罪」とは「無実の罪で罰されること」などと狭い定義の誤用があると、議論も誤用に引きずられてしまい、功を奏しないかもしれません。

なので、私の初回の記事は、冤罪」とは「罪がないのに疑われ、または罰せられることだということを改めて書こうと思いました。

余談になりますが、色々な辞書で「冤罪」を探す中で、特に目を引いたものがありました。「世界大百科事典」(第三巻(改訂新版)、2007年、平凡社)の「冤罪」の項目には、少し長くなりますが、次のような珠玉の麗筆がありますので、最後に引用させてください。

えんざい 冤罪 無実の罪のこと。日常用語として、ぬれぎぬと同じ意味で軽く使われる場合もあるが、実際上問題なのは、罪を犯していない者が国家機関による刑事手続において、真実に反して罪人とされる場合である。刑事手続は、捜査→起訴→(有罪の)裁判→その確定と進むが、手続の進行について、冤罪の問題は深刻になる。とくに、有罪判決が確定し、刑の執行等が開始されたときは、その悲劇性は最高度に達し、冤の音と字義とが怨に通ずることが実感される。古く中国では、冤囚、冤苦、冤酷、冤憤などの語も使われた。近代の刑事訴訟法は、冤罪の防止に力を注ぎ、〈疑わしきは被告人の利益に従う〉という法原則、上訴制度、再審制度などを定めている。日本でも、むろんこれに従っているが、近年、死刑確定囚の事件を含むいくつかの重大事件で再審による無罪判決が出たため、冤罪の問題があらためて関心を集めた。冤罪により未決拘禁、懲役・禁錮の執行などの苦痛を受けた者に対しては、刑事補償の制度があり、また国家賠償法による救済が得られる場合もある。(松尾浩也)

今後も冤罪にまつわる記事を書かせていただく予定です。

末尾で恐縮ですが、新年あけましておめでとうございます。

今年もしんゆう法律事務所をよろしくお願いいたします。