今西貴大さんの事件に見るえん罪の構図ー印象操作と予断(バイアス)

刑事弁護
投稿者
秋田真志

1989年大阪弁護士会登録。刑事弁護に憧れて弁護士に。WINNY事件、大阪高検公安部長事件、大阪地検特捜部犯人隠避事件、FC2事件、SBS/AHT事件、プレサンス元社長冤罪事件などにかかわる。大阪弁護士会刑事弁護委員会委員長、日弁連刑事弁護センター事務局長、委員長などを歴任。現在、SBS検証プロジェクト共同代表。

SBS検証プロジェクトのブログで、今西事件について報告した。今西事件のうちAHTをめぐる傷害致死事件の詳細についてはそちらをお読みいただきたいが、そこにも書いたとおり、弁護団は今西貴大さんの無実を確信している。このブログでは、無実の今西さんを、第一審の裁判官・裁判員という事実認定者が、なぜ虐待の犯人だと決めつけてしまったのかについて、余罪として立件された強制わいせつ致傷、傷害罪を中心に考察したい。結論から言えば、誤判の大きな要素となったのは、事実認定者の予断(バイアス)・思い込みである。しかも、それは捜査機関の印象操作によって作られた思い込みである。

今西貴大さんは、A子ちゃんの継父である。継父が、妻の連れ子を虐待する例があることは否定できない。しかし、「継父だから、連れ子を虐待したに違いない」とか、そこまで行かなくても「継父だから、連れ子を虐待したとしてもおかしくない」などと考えるのであれば、それは予断以外の何ものでもない。連れ子をかわいがる継父はいくらでもいる。今西さんが、A子ちゃんをかわいがる継父であることを、「継父だから」という理由で否定できるはずもない。「継父だから○○」という論理はおよそ成り立たず、その言葉には、何の意味もない。

実際、今西さんは、A子ちゃんを心から愛し、かわいがっていた。よく自宅近くの公園に2人で一緒に行き、遊んでいた。楽しそうな笑顔のA子ちゃんと今西さんが一緒に写る写真が何枚もある。今西さんの腕に抱かれて安心しきったように眠るA子ちゃんの写真もある。今西さんのスマホに向かってポーズを取るA子ちゃんの姿も残っている。A子ちゃんが、今西さんを信頼し切っていなければあり得ない写真ばかりである。

A子ちゃんが、今西さんと自宅で2人だけでいるときに急変して亡くなったことから、2018年冬、大阪府警は、継父である今西さんが虐待したに違いないと見立てて逮捕した。SBS/AHTと決めつけられる典型的なパターンである。突然死を招くような急変はいつ起こるか判らない。山内事件でも、東京地裁立川支部の事件でも同じパターンである。SBS検証プロジェクトが活動を始め、SBS仮説への疑問を提起したのと同じ頃である。山内事件の大阪高裁の逆転無罪判決(2019年10月25日)は未だ出ておらず、警察はまだまだSBS仮説を固く信じていた。

その警察が驚く事態が生じる。今西さんが傷害致死罪で否認のまま起訴された直後、裁判官が今西さんの保釈を認めたことである。確かに、日本では、傷害致死罪の否認事件で、起訴直後に裁判官が保釈を認める例は珍しい。傷害致死罪は、権利保釈の例外事由である「死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪」(刑訴法89条1号)に該当し、かつ、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」(同4号)に当たると判断されることが多いからである。しかし、SBS/AHT事案は、通常の傷害致死罪とは事情が異なる。検察側の有罪立証は、SBS/AHT仮説に基づく医師の意見に完全に依存している。被告人には罪証隠滅を図れるはずもない。実際、近時SBS/AHT事案と疑われた事案に関しては、被疑者・被告人に具体的・実効的な罪証隠滅の可能性は認め難いなどとして、検察官の勾留請求を却下したり、起訴直後に保釈請求を認めたりする事例が増えている。人質司法とも批判される日本の裁判実務からすれば、好ましい運用の改善である。

しかし、今西さんの保釈は、そのような改善の傾向が見られた初期の段階である。大阪府警の反発は激しかった。他方で、その立証がSBS/AHT仮説に依存していることの危うさにも、気づいたはずである。その大阪府警が着目したのが、A子ちゃんが病院に搬送されたとき、肛門縁0時の方向(正中上向き方向)にわずか1cmほどの細い「裂創」らしきものが見られたことである。大阪府警は、この「裂創」を今西さんがA子ちゃんに強制性交した証拠だとして、保釈中の今西さんを強制性交致傷罪で再逮捕したのである。逮捕後、刑事は今西さんに向かって、「保釈に腹が立った。お前をもう1回パクって閉じ込めるために、A子のお尻にあった傷から自分たちの考えた一番強い被疑事実で逮捕した」などと嘯いている。しかし、肛門縁0時の方向は自然に傷がつきやすい部位である。自然排便でも裂けやすい部分である。特に、後述のとおり、当時A子ちゃんは膝の骨折でギプスをしており、お尻でいざりながら移動するなどしており、肛門縁周囲に力が加わりやすかった。しかもA子ちゃんは慢性的な皮膚病があり、その部分は特に傷がつきやすいという事情があった。実際、A子ちゃんの肛門縁の傷は、古くにできたものが慢性化した形跡が認められた(つまり発症時期は不明である)。そもそもその傷が性的暴行の証拠だというのは、異物が外側から挿入されたという見立てである。しかし、異物を無理に肛門に挿入しようというのであれば、正中方向1箇所ではなく、異物が接触する場所に複数の傷がつくのが通常である。何より異物挿入の場合、傷は肛門縁にとどまらず、挿入された肛門管内部に損傷を生じることになる。ところが、A子ちゃんの肛門管内部には何らの損傷も認められなかったのである。どう考えても、発症時期不明のわずか1cmの「裂創」1つを強制性交の根拠とすることには無理があった。

しかし、捜査機関としては、いかに証拠として薄くとも、今西さんに虐待親であるとの印象を与えることが重要である。結局、今西さんは否認のまま、強制わいせつ致傷罪で起訴された。「異物挿入」と言いながら、何を、いつ、どのように挿入したというのか、全く明らかにされなかった。

さらに捜査機関は、今西さんが虐待親であるとの印象を強めようとする。A子ちゃんは急変約1か月前に公園のすべり台で遊んでいたときの膝の骨折も、今西さんの暴力によるものだとして、傷害罪として立件したのである。これもまたとんでもない立件である。A子ちゃんの骨折は、医師でも発見しにくい微小なものだった上、運動神経の発達が未熟な幼児が遊びの中でよく見られる骨折である。すべり台や押し入れなど低位からの飛び降りなどでも生じることがあり、保護者も受傷そのものや受傷機転に気づかないことも多い。実際、今西さんは、A子ちゃんと公園に遊びに行き、すべり台を滑った後に、A子ちゃんが痛がるようになったという状況を具体的に説明している。検察側のストーリーは、今西さんが昼間の公園で突然、A子ちゃんの足を骨折させるような暴行を加えたというものであるが、どのような暴行を加えたのか、公園に行ってどのようなタイミングで暴行を加えたのか、なぜ暴行を加えたのかなど、何も説明できていない。何より、仮に公園で今西さんが突然にA子ちゃんに理不尽な暴行を加えたというのであれば、A子ちゃんは今西さんのことを怖がるはずである。しかし、マンションの防犯カメラには、A子ちゃんが今西さんに抱かれて、公園から帰ってくるシーンが映っているほか、その後1か月の間、A子ちゃんが今西さんを怖がっていたような状況は全くない。逆に、A子ちゃんが、今西さんを慕っていることが明らかな写真が残っている。そして、A子ちゃんの骨折は微妙なもので、当初、複数の医師も見逃していた。しかし、A子ちゃんが痛がって歩こうとしないことを不審に感じた今西さんが熱心に病院へ連れて行って、検査を受けた結果、微妙な骨折が見つかったのである。この傷害事件の立件も、今西さんが虐待親であるとの印象操作としか言えない代物であった。

考えてみれば、膝の微妙な骨折、発症時期不明の肛門縁0時方向1箇所のわずか1cmの傷、頭蓋内の出血はどれもバラバラで何のつながりもない。そのようにバラバラの状況であっても、強引に「虐待」で結びつけられると、あたかも今西さんが虐待を繰り返していたかのような印象を与えることはできる。実際、一審の公判で、そのような印象操作が功を奏したとしか考えられない場面が現れた。裁判官の1人が、今西さんに対し、「(骨折、肛門縁の傷、頭蓋内出血は)およそ1か月ぐらいの間で立て続けに起こってると思うんですけれども、そうやって1か月立て続けにA子ちゃんにいろんなことが起こっているということに関して、今、あなたはどうお考えですか」と質問したのである。この質問は、1か月の間に立て続けに起こっている以上、それらを結びつける共通の理由があるはずだ、という予断が前提である。その予断とは当然「今西さんによる虐待」という予断である。そもそも、今西さんは自ら経験したことを率直に述べているのであって、虐待の予断を前提に「どうお考えですか」など今西さんに尋ねるのは愚問以外の何ものでもない。何より、事実認定者の1人がその予断を露骨に表したことは深刻といわざるを得ない。

一審判決は傷害罪を証拠不十分として無罪にしたものの、結局、発症時期も不明の肛門縁のわずか1cmの傷のみを根拠に、今西さんがA子ちゃんに対する強制わいせつ致傷罪の成立を認めた。そして、A子ちゃんの心肺停止の原因も、今西さんがA子ちゃんの「頭部に何らかの方法によって強度の衝撃を与える暴行」を加えた結果だとして、懲役12年という重刑に科したのである。傷害罪を無罪にしたとはいえ、判決は今西さんの説明を信用していないことを前提に、「証拠不十分」を強調するものであった。まさに、「虐待親であるとの予断」が不合理な事実認定に至ったことが露骨に読み取れるものであった。

検察側としては、傷害、強制わいせつ致傷、傷害致死は「虐待3点セット」である。傷害罪が無罪となり、「今西虐待親論」が崩れることは何としても阻止したい。傷害罪の無罪を不服として、控訴を申し立てた。

過去重ねられてきた多くの誤判の主要な原因は、事実認定者の予断である。今西事件には、その誤判の構造が見事なまでに浮き彫りになっているのである。