裁判所が田渕大輔検察官による「陵虐」行為を認定ー検察官が犯罪しても不起訴か?

刑事弁護

大阪地裁第7刑事部(佐藤弘規裁判長、松本英男、今泉颯太裁判官)は、2023年3月31日、プレサンス元社長冤罪事件の冤罪被害者である山岸忍さんによる、田渕大輔検察官を被疑者(被請求人)とする付審判請求の決定(以下、「決定」)において、重要な判断を示した。結論として決定は、付審判の請求を棄却したものの、田渕大輔検察官が行った山岸さんの部下K氏の取調べにおいて、「机を叩き、その後一定時間にわたって怒鳴り、時には威迫しながら、被疑者であるKの発言を遮って、長時間一方的に同人を責め立て続けた被請求人の上記言動は、陵虐行為に当たり、被請求人には、特別公務員暴行陵虐罪の嫌疑が認められるというべきである」と判断したのである。よりにもよって検察官の取調べにおいて、検察官が自ら犯罪行為に及んでいたことが裁判所によって認定されたのである。きわめて深刻な事態である。しかも、この「犯罪行為」は、取調べの録音・録画媒体(可視化媒体)によって客観的に裏付けられている。裁判所も、決定の中で「録音録画された中でこのような取調べが行われたこと自体が驚くべき由々しき事態である」と述べているとおりである。

念のために付言すれば、決定は、特別公務員暴行陵虐罪は、その立法過程において「脅迫」を実行行為としなかったことを繰り返し指摘している。刑法上、「脅迫」は犯罪の構成要件とされることが多い(脅迫罪の外、公務執行妨害罪、強盗罪、強要罪、強制性交罪など)。同様に相手方に精神的苦痛を与える行為として「威迫」(証人等威迫罪 刑法105条の2など)があるが、脅迫は威迫より強度の精神的苦痛を与える「害悪の告知」である。すなわち「脅迫>威迫」である。特別公務員暴行陵虐罪は、その「脅迫」だけでは直ちに同罪とはならないとされたのであるから、「陵虐」とするためには、通常の「脅迫」よりさらに強度な「精神的苦痛」を与える行為が認定される必要があるというのが、決定の趣旨である。

では、決定はどのような事実を「陵虐」の嫌疑と認定したのか。

決定は、可視化媒体に基づき、田渕大輔検察官の言動を中心にその取調べ状況を決定文全23頁のうち、その4頁から16頁までの約12頁半を費やして詳細に認定しているが、そのごくごく一部を抽出すると次のような具合である。

「説明をしようどするKの話を遮るように、被請求人とKの間にあった机に、右手を振り下ろして叩き、大きな音を出した」「ふざけなさんなよ」「反省しろよ、少しは。…開き直ってんじゃないよ」「こんなあからさまな嘘をついて…答えなさい」「どういう頭の構造してるんですか。どういう神経してるんですか」「分からない、何寝ぼけたこと言ってるんだ。一番分かってるのはあなた以外の誰でもないでしょう。嘘もついて、ほかにもついてるんでしょ」「子供だって知ってます、嘘ついたら叱られる、お仕置きを受ける、当たり前のことです。小学生だって分かってる、幼稚園児だって分かってる。あんたそんなことも分かってないでしょ。…いっちょまえに嘘ついてないなんて。かっこつけるんじゃねーよ、ふざけんな」、(沈黙するKに対し、大声を上げて)「何とか言ったらどうなんです。あなたまだ心の中で反省できてないでしょう。嘘を認めようという気にもなってないでしょ」「検察なめんなよ。命賭けてるんだよ、俺達は。あなた達みたいに金を賭けてるんじゃねえんだ。かけてる天秤の重さが違うんだ、こっちは。金なんかよりも大事な命と人の人生を天秤に賭けてこっちは仕事をしてるんだよ。なめるんじゃねーよ」

決定は、これらの田渕大輔検察官の言動を「(机を強く叩いて大きな音をたてる行為は、Kに)驚きや畏怖の念等を抱かせる性質の行為である」「約50分という長時間にわたり、Kに対し、ほぼ一方的に責め立て続けており…このうちの約15分間…は、大声を上げて一方的に怒鳴り続けている」「K…を何度も何度も繰り返し執拗に責め立て、他にも虚偽供述があるはずであるなどと具体性のない質問を投げかけ、証拠は十分で、責任は逃れられないなどと述べることに終始している。その間、『反省しろよ』『 ふざけるな』『なめんなよ』などの威圧的な言葉を交え、Kの説明を十分に確認することなく嘘と決めつけ、Kが嘘をついて謝らない人間であるとか、金を賭けた者らと命を懸けている検察官とは違うとか、幼稚園児でも分かるなどと、Kの人間性に問題があり、あるいは、その人格を貶める趣旨の侮辱的な発言」をしたと評価している。正当な評価であり、通常の「脅迫」をも超えた「陵虐」行為を認定したことも当然である。このような犯罪を行った田渕大輔検察官には、訴追官としての資格はないはずである。検察庁も組織としてその責任とるとともに、本件の検証、再発防止策を講じるべきである。

他方で、このように決定が田渕大輔検察官の犯罪を認定し、かつ、「陵虐行為に当たると評価した部分は、取調べの範囲を超えた悪質な態様であり、客観的証拠と整合しないと考えられる供述について、その真偽を確かめる必要性や目的があり、捜査官の取調べには様々な手法による裁量が認められることなど十分に考慮に入れても、被請求人が上記行為に及んだ意思決定に対しては、強い非難を向けなければならない」としながら、結果として不起訴を正当としたのは大いに問題である。決定は、「威迫を上回る脅迫について特別公務員暴行陵虐罪の実行行為から除かれた立法経緯、被請求人の身上関係やこれまでに前科等がないことなども総合すると、本件においては、被請求人を不起訴処分とするのが相当である」などとする。確かに、「脅迫」を直ちに構成要件としなかった特別公務員暴行陵虐罪のハードルは高い。しかし、逆に言えば田渕大輔検察官の違法取調べには、その高いハードルさえも越えた悪質性が認められたということである。殺人事件認定のハードルは高いが、そのハードルを越えて殺人と認められる以上、よほどのことがない限り、不起訴とはならないはずである。しかも、このような田渕大輔検察官の陵虐的取調べにより、K氏は山岸さんが犯罪に関与していたかのような虚偽供述に至り、結果として山岸さんを冤罪に巻き込んだのである。その陵虐行為の影響も深刻である。また、「被請求人の身上関係」は、むしろ検察官という立場からすれば、犯罪行為に及んだ以上、不起訴とする理由はない。映画「Winny」サイドストーリーとして描かれる仙波敏郎氏は、映画の中で、裏金作りのためにニセ領収書を偽造する後輩警察官に対し、「文書偽造は犯罪だ。犯罪をした警察官が、万引きをした被疑者の調書を取れるのか!」と叱責しているが、この叱責はそのまま田渕大輔検察官に当てはまる。裁判所は、現職検察官であっても、その訴追を躊躇うべきではなかった。

そして、改めて本件の田渕大輔検察官による違法取調べの実情が、国民の目に触れていないことの問題点を指摘しておきたい(過去ブログ記事はこちら→)。大阪地検は、本件の可視化媒体について、山岸氏の代理人に対しても、刑事確定訴訟記録法に基づく謄写を認めておらず、山岸氏が提起した国家賠償請求(国賠)訴訟においても、国は、可視化媒体の提出を頑なに拒んでいる。決定は、前述のとおり、取調べの状況を詳細に認定しているが、田渕大輔検察官が机の叩いた音の大きさ、その声の大きさ、語気、執拗さなどは実際に可視化媒体を視聴しなければ判らない。2023年3月30日、札幌地裁は、北海道警察の警察官らが被疑者の黙秘権を侵害する態様での違法取調べをしたとして提起された国賠訴訟において、札幌地検に対し、可視化媒体の文書提出命令を発出したが、今後、裁判所には同様の積極的な判断が求められるであろう。同時に、刑事訴訟記録の活用について、目的外使用禁止の緩和や刑事確定訴訟記録における謄写権の明示など、立法的施策も必要である。

 

 

投稿者プロフィール

秋田真志
秋田真志
1989年大阪弁護士会登録。刑事弁護に憧れて弁護士に。WINNY事件、大阪高検公安部長事件、大阪地検特捜部犯人隠避事件、FC2事件、SBS/AHT事件、プレサンス元社長冤罪事件などにかかわる。大阪弁護士会刑事弁護委員会委員長、日弁連刑事弁護センター事務局長、委員長などを歴任。現在、SBS検証プロジェクト共同代表。