東京法廷技術アカデミー(TATA)の「鬼の5日間」体験記

刑事弁護

TATAワークショップに参加するまで

私は裁判官をしているとき、所作や話し方が素晴らしい弁護士を法廷で見ました。
その度に、同じ法律家として自分も頑張ろう、頑張らなければならないと感じました。
今思えば、これが法廷弁護技術との出会いでした。

弁護士になった後、大阪弁護士会の法廷弁護技術研修を受講しました。

大阪弁護士会「法廷弁護技術研修」体験記

この研修を受けて、それ以降の裁判での立ち振る舞いが変わりました。依頼者の方だけでなく、裁判官や修習生、傍聴人からも嬉しい言葉をいただきました。

もっと技術を磨きたい。そう思っていたところ、東京法廷技術アカデミー(TATA)の5日間のワークショップが開催されることを知りました。

一番初めに思ったことは、「受講料高すぎ!!」ということでした。

25万円。1ヶ月間余裕で暮らせる金額です。

次に思ったことは、「鬼の5日間!?」ということでした。

きっと指導がめちゃくちゃスパルタなんだろうなと気が重くなりました。

なので、正直なところ、興味はあったもののすぐに参加しよう!と即決はせずに寝かせていました。

その後、徐々にこう考えるようになりました。

「日本最高峰の法廷技術を持つ弁護士達から5日間つきっきりで教えてもらって25万円はむしろ安いのではないか。」
この研修に参加したら、絶対に自分は成長できるのではないか

そこで、思い切って参加を申し込んでみました。

日々の仕事に追われる中、必死に模擬記録を読み込んで冒頭陳述と弁論を用意し、ペーパーレスで話せるように練習してから東京に向かいました。

1日目:冒頭陳述

冒頭陳述の講義を受けて、実演し、クリティークを受けました。
私は元々早口になってしまう癖があり、録画した自分の実演を見ても言葉が耳を通り抜けてしまうと感じました。
反省点は分かるのに、話し方の癖なのでなかなか直らない。
そう悩んでいた時、ビデオクリティークで言われたことが私のこの5日間を大きく変えました。

早口にはなっていないと思います。”間”がないんだと思います。

実は、その実演での私の話すスピードは自分が悩んでいたほど速くはなくて、話す文と文の間に間がないために早口に聞こえ、頭に文章が残らなかったのです。
「ゆっくり話そう」ではなく「間をとって話そう」と気をつけないといけないんだということが分かりました。
これは本当に目から鱗でした。
その後、坂根真也弁護士が主尋問の講義をしてくれたのですが、間の取り方が本当に上手で、「これだ!」と分かりました。

2日目:主尋問・反対尋問

主尋問と反対尋問の実演し、クリティークを受けました。
自分の尋問は一定のペースで淡々と進んでいくことから、変調や緩急の方法についてアドバイスを受けました。
クリティーク(批評)では、講師の先生方がこちらのやりたかったことを汲み取ってその場で実演をしてお手本を見せてくれたりもします。
この日はあることに気がつきました。

そういえばクリティークが怖くないぞ…!?

参加する前は、実演のクリティークに対して、少し怖い気持ちや不安な気持ちがありました。しかし、2日間自分の実演がどれだけ批判されても怖くも嫌でもなかったのです。
クリティーク自体が的確ということは勿論ですが、心から私の技術を伸ばそうとしてくれようとしていることが伝わってくるからです。
講師の方々の愛を感じましたし、人に何かを教える時にはこれが大切なんだと実感しました。
また、堅い雰囲気で進むわけではなく、お菓子が用意されていたり、法廷技術を高めるための尋問ゲームなどもしました。
校長の高野隆弁護士をはじめ、講師の皆さんは毎日ジョークを言って笑わせてくれていて、楽しい雰囲気で研修が進んでいきました。
この日は受講生の方々と一緒に居酒屋で飲んで、各地でみんなが頑張っているお話も聞きました。
翌日の準備もあったので21時で切り上げ、各自準備に戻りました。

3日目:異議、交互尋問

3日目、異議の講義と実演の後、通しでの証人尋問をしました。
異議は裁判において能動的にしなければならないアクションで瞬発力が必要になる反面、所作が疎かになってしまいがちです。
通しで証人尋問をしたときも、事件の内容に頭のメモリが持っていかれてしまうほど、技術の方が疎かになってしまうことに気がつきました。
普段の裁判でも頭は事件に集中するからこそ、このような研修で体に覚えさせなければならないんだと分かりました。
幾分疎かになりながらも、それでも前日・前々日からの進歩を感じました。
夜には講師の方々との懇親会があり、人質司法についての激論を交わしました。

参考:【人質司法】裁判官も自白を強要したいわけではないけれども

ネットでも色々なご意見・ご批判をいただいてありがたかっただけでなく、こうして実際に顔を突き合わせて心から思っていることをぶつけてくれる人たちがいて私は嬉しかったです。
その分、翌日の論告・弁論の実演で恥ずかしいところは見せられないぞ、と夜中まで練習していました。

4日目:論告・弁論

4日目、論告弁論の講義を受けて、実演し、クリティークを受けました。
”間”と手の動きに気をつけて実演をしたのですが、ビデオを見て自分で驚きました。
1日目の冒頭陳述のときと全く違うんです。上手になってる!!
そして、なんともう一つのことにも気が付いたのです。

一緒に受講してたみんなもめちゃくちゃ上手くなってる!!!

毎日教材を読み込むことによって頭に事件の内容が入った分、技術の方にメモリを回せるようになったというのは当然あると思います。ただ、メモリがあっても技術自体がなければ何もできません。その技術をこの研修期間中、みっちり教わることができました。
何度も自ら実演し、何度も講師の実演や他の受講生へのクリティークを見聞きしたことで受講生の技術が向上し、更にその受講生を見たことで他の受講生の技術も向上していく。
その連鎖に気が付いたとき、これは本当に凄い研修だなと思いました。

最終日は模擬裁判なので、この日はペアの弁護士の事務所にお邪魔させていただき、ローソンのチキン南蛮弁当をほおばりながら遅くまで二人で作戦会議をしました。

模擬裁判は技術の鍛練が大事なのであって判決結果が大事なのではないと言われていましたが、「やるからには勝ちたい!」と思っていました。

5日目:模擬裁判

模擬裁判では、様々な反省点を新たに見つけることができましたが、きちんと習ったことや自分の力は発揮することができたと思います。
結果は無罪判決でしたが、その結果よりもアルバイトとして裁判員役を担ってくれた方の感想がとても嬉しかったです。

「法廷が生きていた」

「2時間ドラマが大好きで、(今日の模擬裁判は)そのままだと思った。」

みんなが私たち裁判員の目を見てくれていたのが印象的だった。それにこたえていかなければと思った。

特に最後の感想は、冒頭に書いた、私が裁判官の時に抱いたものと同じような感覚なんだと思います。

技術によって結果が変わることもあれば、結果が変わらないことも当然たくさんあります。ただ少なくとも、人が一生懸命何かをすれば、それは見ている人にも必ず届いて何かを動かします。

弁護士が法廷弁護技術を磨くのは依頼者のためです。でもそれだけではなく、それは裁判官、検察官、傍聴人など、法廷全体に良い影響を与えます。受講生が相互に刺激を受けて上達したように、どんどん連鎖して、司法全体を良くしていくことにつながるのかもしれません。

終わりに

私にとって「鬼の5日間」は、鬼のようなクリティークが怖い5日間という意味ではなく、鬼のように技術の鍛練に打ち込む5日間という意味でした。なんと私の方が鬼になっていたのです。

私はこの「鬼の5日間」のことを一生忘れないと思います。

上記のような司法全体が良くなるといいなという趣旨から、私は法廷弁護技術が都会の若手弁護士以外にもこれが広まればいいなと思っています。TATAには若手や都会以外からも色々な人たちが集まっているそうで、今回も全国各地から様々な受講生が参加していました。検察官や裁判官にもおすすめです。

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投稿者プロフィール

西愛礼
西愛礼
2016年千葉地方裁判所判事補任官、裁判員裁判の左陪席を担当。2021年依願退官後、しんゆう法律事務所において弁護士として稼働。冤罪の研究及び救済活動に従事。イノセンスプロジェクトジャパン運営委員。日本刑法学会、法と心理学会所属。