勾留延長の最後の一日問題

刑事弁護

前置き

前回のコピペですが前置きです。

私は、被疑者被告人に有利な判断をする傾向があったわけではありません。あくまで中立・公平な裁判を心がけていました。

もっとも、一人の法律家として、様々な法的見解を持ちます。それは、被疑者被告人にとって有利なものもありますし、不利なものもあります。その大半は判例・実務に沿うもので、批判されている実務運用を追認する見解もあります。しかし、現状の実務でいいのだろうかと、判例・実務におそらく沿わないであろうことを考えることもありました。

弁護士として裁判官経験を生かすという観点から、被疑者被告人にとって有利な法的見解をいくつかブログに書いてみたいと思います。あくまで試論であり、今後の議論や弁護士経験も踏まえて私見を構築していきたいと思っております。そのため、批判を含めてご意見いただけますと幸いです。

前置きが長くなりましたが、第1弾は「初犯の薬物犯罪における勾留の要否」、第2弾は「接見禁止抑制論と段階的身体解放」でした。第3弾は「勾留延長の最後の一日問題」です。

問題状況

勾留延長を認める「やむを得ない事由」については、勾留期間を延長して更に捜査をしなければ起訴不起訴の決定が困難な場合をいうものと解されています(渡辺咲子「大コンメンタール刑事訴訟法(第二版)第4巻」河上和雄ほか(編)(青林書院、2012年)436頁以下)。

良い勾留延長請求書には、①延長後にする予定の捜査、②その捜査が起訴不起訴を決めるうえで必要になる理由、③その捜査が延長前にできなかった理由の3点が記載されています。

勾留は却下も多かったのですが延長請求となると、捜査をすることによって別の捜査をしなければならないことが分かるという捜査の性質上、延長自体はやむを得ないと納得することも多かったです。また、検察修習で勾留されている被疑者の事件を扱った際、はじめの10日で捜査は現実的に難しいなあと感じたこともありました。

昔は勾留延長請求がされたら10日間フルに認める裁判官も多かったようです。近時では身体拘束判断の適正化に向けて細かくシビアに見ている裁判官も多いです。その一つの兆候として、延長を認める場合にも日数を一部削って10日未満の延長を認めるということがよくあります。

捜査機関の方がこれを読むと、「こっちもギリギリで捜査しているのになんで日数を削るんだ」「捜査は流動的なものでもあって、延長後の捜査によって新たに必要になる捜査もあるかもしれないのに」などと思われるかもしれません。しかし、捜査機関側の労働事情で被疑者側が不利益を受けることは正当化できませんし、何か予想外の捜査が必要になったとしても再延長により対応することは可能です。

裁判官が「これもっと早くできるんじゃないか」と思った際には検察官に電話をして、事情を確認します。事情を聴いて納得できることもあればできないこともあります。そして、例えばどうしても聴取しないといけない被害者の聴取日などを聞き、「遅くとも翌日には起訴不起訴の判断ができるでしょうからそこまでの延長を認めます。」みたいなことを伝えます。するとたまにこんなことを言われます。

「決裁のためにもう1日ください」

「勾留延長の最後の一日問題」というのは、検察官の決裁の都合をどこまで認めるべきかという問題です。要するに、検察官が結論を決めるために検討する時間がどれだけ必要かということです。

議論

もしかすると、弁護士さんからしたら「はあ?」となるかもしれません。

私も「何で重要証人を取り調べて翌日に決裁が終わらないのですか?決裁に2日以上かかるんですか?」「むしろ午前中に重要証人を取り調べて、それまでの検討状況と合わせてその日の午後に決裁を終わらせることはできないのですか?」などと電話で聞いて、検察官と口論のようになったこともあります。たとえそれまで20日弱捜査をしてきたとしても、最後の証拠の内容次第で判断は変わるかもしれないし、そのような可能性も踏まえると事案によっては決裁が1日では足りない、ということのようです。

裁判官は捜査がどのようなものかについては証拠を見るのである程度想像がつきますが、正直なところ、決裁については修習で数回体験しただけで、何か具体的な資料ややりとりを見ることもないのであまりピンときません。ただ、決裁で上からめちゃくちゃ詰められるというのはよく聞きます。

確かに決裁はまさに起訴不起訴を決めるための手続であり、それ自体は必要なのでしょう。検察官にとっては一番重要な手続ですから、みっちりやることは大事かもしれません。また、決裁は一度で終わるとは限らず、不備を指摘されて追加の検討を行うこともよくあるのかもしれません。特に検察内部の重要な手続の在り方に関する問題ですから、そもそも外部機関であり捜査も経験していない裁判官が干渉したり、捜査規範のようなものを勝手に作ってしまってよいのかとも考えられるかもしれません(一応、勾留延長の日数を削ること一般についても同じ問題があります)。

この問題について、裁判官の友達と酒を飲みながら夜通し議論したこともあります。友達は決裁なんて配慮しないという立場で、単なる検討以上に内部手続・事務処理として不必要に時間が取られてしまっている可能性が否定できない、決裁の実態がどんなものであったとしても延長の必要性として具体的に説明できないのであれば「大人の事情」のようなもので身体拘束を長引かせることなんて許されないと言ってました。これはその通りだと思いました。

ただ、裁判官も事実認定が難しい事件にあたったときに、証人の話を聞いてから半日で判断しろと言われたら結構苦しい気もします。拙速に起訴されるべきでもありません。冤罪を防ぐという観点からも、事案の難易にも応じて、1日くらいは検討する時間があった方が良い気もしました。

結局、自分の中では、決裁に関して事案の難易や予想される作業量等を確認する、それで納得したとしても最大1日分までしか認めない、もし追加捜査が必要になるのであれば再延長してくれ、という考えに至りました(上記の例の場合、被害者聴取の日に決裁まで終わらなかったとしても、やはり被害者聴取の翌日には決裁まで終わらせて起訴不起訴を決めて下さい、それ以降の延長は認めません、ということになります)。

この試論については、特に決裁をしている検察官や元検察官からのご意見・ご反論等が聞けたら嬉しいなと思っています。弁護士・裁判官にとって決裁の実情が不透明であることが議論の妨げにもなっていると思います。同じくあまり表に出てこない生の裁判官的発想を発信するのは大事だと思っておりますし、それがどのように写るのか興味も持っておりますのでTwitterを始めました。よろしくお願いいたします。

投稿者プロフィール

西愛礼
西愛礼
2016年千葉地方裁判所判事補任官、裁判員裁判の左陪席を担当。2021年依願退官後、しんゆう法律事務所において弁護士として稼働。冤罪の研究及び救済活動に従事。イノセンスプロジェクトジャパン運営委員。日本刑法学会、法と心理学会所属。