プレサンス事件の無罪確定!なぜ、大阪地検特捜部は、可視化している中で自白強要をしたのか?ープレサンス事件の謎

刑事弁護
投稿者
秋田真志

検察官が、正式に控訴を断念し(2021年11月11日各紙報道)、山岸さんの無罪が確定した。

1 取調室を監視する録音・録画装置

録画画像からすれば、大阪拘置所の取調室は、10畳ほどはあろうか。警察署の狭い取調室とは異なり、それなりの広さがある。被疑者席から見て、左斜め前には、専用の台に据え付けられた箱がある。一見、オーディオのスピーカーのような格好だが、その中では2つのカメラレンズが部屋の中を睨んでいる。1つのレンズは、手前に座った被疑者をクローズアップし、もう1つのレンズは引いたアングルで、検察官の背中越しに被疑者を捉えている。被疑者と検察官を挟んでテーブルがあるが、そのテーブル上には、平べったい集音マイクが、鎮座している。小さいながらも、取調べ室の音声は何も漏らさないと、四方に向けその感度を機能させている。そして、カメラレンズを通した動画画像、マイクを通した音声は、タイムスタンプとともに、電磁記録媒体(Blu-ray)に無機質な信号として焼き付けられる。これが、2019年6月1日に施行された刑事訴訟法301条の2第4項が定める「被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録媒体に記録」する仕組みである。

2 大阪地検特捜部検察官の不可思議な行動

大阪地検特捜部の検察官らは、もちろんこの録音・録画の仕組みを百も承知である。むしろ、取調べの開始時点で、この録音・録画していることを被疑者に説明するのは彼らの役割である。また、そのBlu-rayが、将来弁護人に開示されることも当然に知っている。この録音・録画制度(取調べの可視化)の主たる目的は、取調べの適正化、つまり自白強要など無理な取調べを防ぐことである。「カメラ・マイクに監視されていれば、悪いことはしないはずだ」。その基礎にあるのは、このきわめて単純な理屈である。ところが、である。その理屈が通用しなかった。特捜部の検察官に、である。彼らは、カメラの前で、プレサンス社前社長の山岸忍さんの共犯者とされた部下K、不動産会社Y社長に対し、山岸さんの関与を認めるように露骨な自白強要を続けたのである。明浄学院の事件で、大阪地検特捜部が、山岸さんの逮捕・起訴に至った経緯は謎だらけと言わざるを得ないが、可視化の中での自白強要は、中でも最大の謎と言える。

3 明浄学院の横領と大阪地検特捜部の見立て=思い込み

明浄学院の巨額横領事件において、なぜ大阪地検特捜部は山岸さんを共犯と疑ったのか。明浄学院は2017年7月、プレサンス社に校地の一部を売却し、手付金21億円を受領した。ところが、この21億円が、当時の明浄学院の理事長であった大橋美枝子氏によって、学院から引き出され、大橋氏の個人的な借入であった18億円の返済に充てられていたことが判明した。大橋氏の個人的な借入とは、明浄学院の前理事らが退任し、大橋氏らが新理事に就任するために支払った対価(要は学校の買収資金)が主な使途であり、大橋氏が、不動産会社T社から借り入れたものであった。T社には、18億円の貸付をする余力がなかったため、T社のY社長は、山岸さんの部下Kを通じて、山岸さんに借入を申し込み、山岸さんから借りていたという経緯があった。つまり18億円は、山岸さん→T社→大橋氏個人(厳密には大橋氏が支配するダミー会社)と順次貸し付けられる形となっていた。大橋氏は、学院から引き出した21億円から関連会社を経由して、18億円をT社に返済し、T社はさらに山岸さんに返済した。結果的に、大橋氏の横領金の大半が、最終的に山岸さんに返済されたことになる。そこから特捜部は、大橋氏の横領に山岸さんが関与していたに違いない、と見立てたのである。ごく単純化すれば、横領された金員の行く先の人物は、横領に関与していたはずだ、ということである。しかし、その見立てにはいくつもの疑問が生じうる。18億円もの金額を個人に貸すだろうか?しかも、横領(犯罪)を前提に大金を貸し付けるだろうか?などである。

18億円という金額を個人に貸し付けるのは異常と言えるが、その貸付先が学校法人であれば得心がいく。現に大橋氏は、KやY社長に対し、明浄学院の経営に関わり、校舎移転を前提に再建すると明言していた。学校の移転先の確保や校舎の建て替えには数十億円は必要である。実際、山岸さんは、部下のKから学校の再建資金に必要だと聞かされ、T社から明浄学院に貸し付けられると聞いたからこそ、18億円もの金額をT社に貸し付けたと説明していたのである。山岸さんの説明からすれば、T社から山岸さんへの18億円の返済は当然のことであるし、その原資が明浄学院の資金であったとしても何ら問題はない。もっとも山岸さんが、明浄学院に貸し付けられると聞かされていた18億円のほとんどは、実際には明浄学院には渡されず、大橋氏個人がそのまま費消していた。しかし、山岸さんにはそのことは全く伝えられていなかった。むしろ、山岸さんは18億円をだまし取られた、あるいは目的外に貸付金を横領された被害者であった。以上の山岸さんの説明は、KやY社長が逮捕される前にしていた供述に合致していた。それだけではない。多くの客観証拠が、山岸さんが、18億円の貸付を実行した2016年当時、KやY社長、さらには大橋氏との間でも、明浄学院への貸付を前提に話が進められていたことを示していたのである。

特捜部の見立ては、簡単に崩壊する砂上の楼閣にすぎなかったのである。ところが、特捜部は、客観証拠を無視し、K、Y社長の供述を歪曲して、楼閣を塗り固めることに執着したのである。

4 特捜部の違法取調べ

それでは、大阪地検特捜部の検事たちは、どのような取調べをしたのか?(以下、取調べ部分は、開示証拠の目的外使用の問題があるので適宜要約をしており、録音録画の文言どおりではない。しかし、趣旨やニュアンスは十分にわかるように配慮した)

(1)田渕大輔検察官の取調べ

まず、無罪判決でも触れられ、多くの報道機関も報じたが、部下Kに対する自白強要である。取調べをしたのは、田渕大輔検察官である。その取調べについて無罪判決は、(Kが山岸さんに学校貸付と説明していたのであれば)「確信的な詐欺である、今回の事件で果たした(部下の)役割は、共犯になるのかというようなかわいいものではない、プレサンスの評判を貶めた大罪人である、今回の風評被害を受けて会社が被った損害を賠償できるのか、10億、20億では済まない、それを背負う覚悟で話をしているのか」などと発言したと認定した。実は、この認定はきわめて控えめである。これは、法廷で再生されたK取調べの録音・録画部分における田渕検事の発言の一部をとりだして要約したにすぎないからである。法廷で再生されたのは、最も露骨な脅迫がなされた日の取調べのうち約48分のみである。最も露骨な脅迫がなされた日とは、Kの逮捕(2019年12月5日)から5日目の12月9日のことである。48分とは、この日の取調べ(全256分)のごく一部(5分の1以下)である。法廷では再生されなかったそれまで4日半の約18時間(約1000分)もの取調べの間、Kは、山岸さんの関与を否定し続けていた。山岸さんの関与を否認するKに対し、田渕検事は、「馬鹿な話あるわけない」「ふざけた話をいつまで通せると思ってる」などと罵詈雑言を浴びせかけ、大声で怒鳴りつけるといった取調べを延々と続けていたのである。特に12月8日には、「ふざけんな」「命かけてるんだ、こっちは」「検察なめんなよ」などの罵声が続いている。無罪判決が認定した翌12月9日の取調べは、そのような自白強要にも屈しなかったKの態度に業を煮やした田渕検事がした究極の脅しだったのである。Kからすれば「詐欺」「大罪人」呼ばわりされ、山岸さんが共犯でないと「10億、20億の損害賠償を負う」と責められたことになる。しかも、その発言の主は、特捜部の現役検察官である。Kが田渕検事に屈し、山岸さんの関与を認める虚偽供述をするのは、あまりに自然な流れである。それにしても、田渕検事の取調べは、権力を笠に着た脅迫以外の何ものでもない。繰り返すが、この取調べは可視化されている中で行われたのである。

(2)末沢岳志検察官の取調べ

もう一人問題なのは、不動産会社T社のY社長に対する取調べである。明浄学院から大橋氏らが横領した21億円のうち18億円は、山岸さんがT社に貸し付けた18億円の返済に充てられた。そのため、Y社長が山岸さんから18億円の貸付を受けるに当たり、山岸さんにどのような説明をしたかが重要な争点となったのである。Y社長は、逮捕された当初、明浄学院への貸付資金として山岸さんから18億円を借りたと供述していた。これは山岸さんの認識と一致する。

そのY社長が、取調べで一旦、山岸さんの関与を認める供述をし、その旨の供述調書が作成された。Y社長からその供述を引き出したのは、末沢岳志検察官である。末沢検事の取調べは、田渕検事のように声を荒げたりはしない。その代わりに言葉巧みに、Y社長に山岸さんの関与を認めるように誘導していたのである。

末沢検事が注目したのは、Y社長が量刑を気にしていたことである。事件は明浄学院理事長であった大橋氏が、21億円もの横領をしたという業務上横領事件である。その主犯となれば、長期の刑務所行きは免れない。そして、この横領を自ら実行し、主導したのは当然のことながら、大橋氏である。末沢検事は、山岸さんの関与を否定しているY社長に向かって、次のようにささやく。

何度も言うように山岸さんの関与が本当にあるなら、それを言わないと、今の立ち位置からしたら、Yさんは大橋さんと同じくらいこの件に関与した(ことになる)。情状的にはかなり悪いところにいるよ」

Y社長は、その言葉に驚愕する。無理もない。その言葉は、21億円横領の主犯と同等の責任だとしか聞こえない。Y社長が動揺したとみた末沢検事は畳みかける。

末沢「山岸さんの指示には逆らえないからやったのか。(それともY社長が)山岸さんは関係なく、自分で決めて自分の意思でやり、あなたがいつも言っているみたいに、山岸さんにはそんな詳細な報告はしていないという話なのか。(山岸さんの意向があったかどうかで)自ずと責任の重い、軽いかは変わってくる。言っている意味分かる?

「意味分かる?」も何も、言葉の端々に「山岸さん」を繰り返す末沢検事の言葉の「意味」が分からないはずがない。Y社長に繰り返し刷り込まれたのは、山岸さんの関与を否定すれば大橋と同等の重刑、山岸さんの関与を認めれば、情状酌量である。動揺するY社長に対し、末沢検事は、さりげなく山岸さんの関与を誘導する。

末沢「お金は学校に入れるみたいな話ではなくて、大橋個人に貸しますと、きちっと伝えてたんやないの?

この誘導に乗り、ついにY社長は「伝えていましたかね」と曖昧に答えてしまう。もはやY社長は、陥落寸前である。さらに末沢検事はダメを押す。

末沢「山岸さんの関与を含めて、全部喋りますという腹づもりなのかな」

Y「そうじゃないと、私は罪が深くなるばかりでしょ?」

末沢「今の立ち位置だと、大橋さんと一緒に突っ走った話になっちゃうよね」

ついにY社長は、陥落する。末沢検事に「全部協力して喋る。助けてください」と訴えたのである。「全部協力して喋る」のは、真実を喋るという意味ではない。あくまで「特捜部の見立てに協力して山岸さんの関与を喋る」のであって、虚偽供述である。虚偽供述から約1週間後、末沢検事によって虚偽供述を基にした供述調書(甲91号証)が作成され、Y社長は署名してしまう。しかし、Y社長は、山岸さんを陥れる虚偽供述をしたことに悩んでいた。虚偽調書作成の翌日、接見した弁護人に、その経緯を相談した。弁護人は、Y社長に、真実を述べるようにとアドバイスし、接見直後の取調べでY社長は、末沢検事に供述調書の撤回を申し入れ、その旨の調書作成を求めた。

この撤回申し入れに、末沢検事はどう対応したか。「私が納得できない限りは、調書を取り直してくれと言われても調書は取れない」などと言い張り、撤回調書の作成に応じなかったのである。末沢検事の一言一句が可視化されていたが、ひたすらY社長の要請をうやむやにしようとするものであった(弁護人の取調べ立会いがあればありえない態度である)。結局、Y社長の撤回は、その後の取調べでもスルーされてしまった。

Y社長は起訴された後、自らの公判、そして山岸さんの公判のいずれでも、山岸さんの関与を否定する供述をした。検察官は、山岸さんの関与を認めたY社長の供述調書(甲91号証)を証拠請求したが(刑事訴訟法321条1項2号後段)、裁判所は次のように述べて却下した。

「Yは,令和元年12月8日に供述を変遷させる直前,取調べ担当検察官から,被告人やプレサンスからの強い意向で本件に関与したのであればYの責任の重さが変わってくる,現時点では大橋と同じくらい関与した,情状的にかなり悪いところにいる,被告人の意向があったというなら,情状は全然違うと思うなどと言われている。これを聞いたYとしては,このままでは自身が相当に不利な処分を受けかねないが,大橋個人への買収資金として18億円を貸し付ける旨の説明を被告人に対して行ったと供述すれば,処分が軽減されると考えたとしてもやむを得ず,その直後に被告人にとって不利な供述がなされていることは,供述内容の信用性に疑義を生じさせる事情といえる。そして,甲91号証におけるYの供述内容は,一部の客観証拠と整合せず,その観点からも信用性には疑問が残る」(大阪地裁第14刑事部令和3年7月8日決定)

一連の末沢検事の取調べは、時代錯誤的な田渕検事の取調べと違って、話しぶりは穏やかである。その誘導ぶりは、巧みであり、見事と言うほかない。「巧妙である分、質(たち)が悪い」とも言える。もし可視化がなければ、Y社長の供述調書は、「任意に」供述したものと見られた可能性が高い。証拠能力(特信性)も信用性も否定するのは困難だったであろう。

5 なぜ可視化されている中で自白を強要したのか

さて、冒頭の疑問に戻ろう。特捜部は、可視化されているにもかかわらず、なぜ自白強要を繰り返したのか?いくつかの問題点を指摘できる。

① 旧態依然の特捜「文化」ー板金捜査

まず指摘すべきなのは、特捜部の抜きがたい「文化」である。とにかく、まず見立てを作り、その見立てに合わせた供述調書を作成する。これが、特捜部の「伝統的」捜査手法である。「型に合わせて形を作る」という喩えから、「板金捜査」などとも揶揄されてきた。供述を、叩いて、延ばして、型にはめるのである。今回の捜査は、板金捜査そのものである。そして、田渕検事、末沢検事も、その特捜文化=板金捜査の忠実な継承者というほかない。彼らも、おそらく「特捜文化」を前にして、山岸さんの関与を否定するKやY社長を前に、必死だったのであろう。可視化されていることも忘れ、なりふり構わず自白を強要せざるを得なかったと思われるのである。彼らを板金捜査に駆り立てた特捜部、そして検察庁上層部の責任は重い。

② 可視化に対する慣れ

第2に、検察官が可視化に慣れたことが大きいのであろう。法律上の取調べの可視化の義務化は、裁判員裁判対象事件(刑訴法301条の2第1項1号2号)と検察独自捜査事件(同3号)に限定されているが、検察官取調べは、運用上非対象事件でも原則として全過程録音・録画されている。取調べの可視化が議論された際、捜査関係者は「カメラが回っている前では、被疑者は供述を躊躇い、真実を語らなくなる」などと抵抗したが、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の有識者委員であった周防正行さんは、映画監督の経験から「カメラの存在なんて、数分で忘れてしまう」と反駁しておられた。カメラの存在を忘れるのは、被疑者だけでなく、同時に映り込む検察官も同じである。田渕検事、末沢検事の取調べは、皮肉な形で周防監督の予言を裏付けたと言えるであろう。

③ 異常な長時間取調べ

もう一つ指摘すべきなのは、弁護人の立会いもないままの、あまりに長い取調べである。田渕検事による部下Kの取調べは、逮捕後起訴まで21日のうち18日間合計73時間(4412分)、末沢検事によるY社長の取調べは、同21日のうち20日間合計69時間(4140分)にも及んでいたのである。これだけ膨大な取調べの時間、密室に被疑者のみを閉じ込めておけば、その供述を意のままに変容させることは、決して難しいことではない。しかも、拘置所に勾留された被疑者は、土日、休日には、原則として弁護人と接見できない。本件では、Kも、Y社長も、日曜日であった2019年12月8日に集中的に自白を強要されているが、単なる偶然とは思えない。

他方で、その長時間の全過程を検証し、自白強要の実際を明らかにするのは至難である。本件で、特捜部の違法取調べの実態を明らかにできたのは、弁護団の多大な労力によって、その全過程を反訳したからにほかならない。田渕検事、末沢検事が、なりふり構わず虚偽供述を強要できたのは、長時間の取調べに埋もれて、強要の実態がバレないと思っていた可能性が否定できない。ここに可視化のみで取調べの適正化を図る限界もある。いくら可視化しても、弁護人立会いのない長時間の取調べを許容していては、検証そのものが困難となり、可視化記録媒体(Blu-ray)は宝の持ち腐れとなってしまいかねないのである。そもそも、ときには一日何時間にも及ぶ取調べを一勾留当たり最大23日間も可能な日本の取調べは、世界に類を見ない異常さである。

山岸さんの冤罪は、日本において、異様に長時間の取調べを制限すること弁護人の取調べ立会いを認めることが喫緊の課題であることを明確に示している。

なお、念のため付言すれば、弁護人の立会いについては、長時間の取調べに弁護人が立ち会えるはずがない、といった批判や懸念が述べられることがある。しかし、発想の転換が必要である。被疑者が弁護人の立会いを求める以上、弁護人が立ち会える時間の限度で取調べを許容すべきなのである。