黙秘するにはどうすればよいのか?ー被疑者心理を中心に

刑事弁護
投稿者
秋田真志

1989年大阪弁護士会登録。刑事弁護に憧れて弁護士に。WINNY事件、大阪高検公安部長事件、大阪地検特捜部犯人隠避事件、FC2事件、SBS/AHT事件、プレサンス元社長冤罪事件などにかかわる。大阪弁護士会刑事弁護委員会委員長、日弁連刑事弁護センター事務局長、委員長などを歴任。現在、SBS検証プロジェクト共同代表。

これまで黙秘権について述べてきたが()、若手の弁護士から、「依頼者に黙秘を勧めても、黙秘してくれない」との嘆きを聞くことがある。

実際、「黙秘した方がいいですよ。黙秘してください」とアドバイスしただけでは、依頼者が黙秘してくれるはずはない。筆者は、このようなアドバイスをホームラン・アドバイスと呼んでいる。高校野球の監督が球児に「ここはホームランだ!ホームランを打ってこい」とアドバイスするだろうか。

ホームランを打つには、当然技術が必要である。どうすればホームランが打てるのかという技術のアドバイスがなければ、ホームラン・アドバイスに意味はない。

黙秘も同じである。黙秘するには技術が必要である。そして技術には、理由が必要である。

なぜ、被疑者は黙秘できないのか。そこに黙秘権に対する誤解があることはすでに述べた。弁護人が依頼者に黙秘を勧める以上、黙秘権行使こそが真実を守り、被疑者を守ることを、的確に伝えなければならない。

また、黙秘を困難にする被疑者心理があることも述べた。これらの被疑者心理を踏まえたアドバイスが必要である。そのためには、黙秘権行使が利益になると伝えただけでは足りない。被疑者の心理は、将来的に有利か不利かと言った損得勘定だけではないからである。

そこで、被疑者心理を踏まえた、より具体的な依頼者へのアドバイス方法を考えてみよう。

取調べでは、弁護人の立会いが実現しない以上、取調官と密室で対峙させられる。人間は、社会的な生き物である。目の前にいて、いろいろ話しかけてくる人間を無視することは難しい。そして、人間の悲しい特性として、「何が将来自分にとって得か」より「目の前の人間とどう接するのか」を重視しがちとなる。目の前にいる人間から話しかけられれば、それを無視する形で黙秘をするより、それに答える方がよほど精神的に楽なのである。しかも、日本の場合、黙秘をしたからといって取調べが終わるわけではない(そのこと自体が、黙秘権を侵害する違法な行為と言うべきであるが、悲しいかな実務の現実である。しかし、この実務は変えて行かなければならない)。長時間、1人で取調官と対峙させられる被疑者の精神的苦痛は並大抵のものではない。そのような人間心理を無視して、「黙秘してください」とアドバイスしたからといって、簡単に黙秘できる訳もない。

ではどうするのか?まず、「目の前の人間を無視する」ことが、人間心理として難しいことを依頼者に知ってもらう必要がある。その上で、無視することに何の問題もないことを理解してもらうのである。考えてみれば、なぜ目の前の人間を無視することが精神的な苦痛になるのかを説明するのは難しい。仲間を無視しないことは、人間が社会性を持って進化する中で、人間の遺伝子にすりこまれた本能のようなものかもしれない。あるいは幼いころからのしつけや社会的適応の中で、知らず知らずのうちに身についたものかもしれない。いずれにせよ、目の前の人間を無視することは、それだけで精神的苦痛を感じさせることは事実である。しかし、一歩引いて考えてみれば、無視したとしても何の問題もない。確かに怒鳴られるかもしれない。取調官は嫌みを言い続けるかもしれない(可視化時代になって、さすがに暴力的な取調べは影を潜めたといえる)。そのこと自体問題ではあるが、誤解をおそれず開き直れば、無視して取調官の機嫌を損ねても「所詮、その程度」である。精神的苦痛は、実は自分の頭が無意識のうちに作り出した「目の前の人間を無視すべきではない」という一種の幻想とも言える存在なのである。結論から言えば、「無視すればよい」。それだけのことである。

とはいえ、それだけでは身も蓋もない。もう一つ進んだアドバイスがありうる。「目の前の人間を無視すべきではない」という心理は、目の前にいる取調官の発した言葉に対し、「自分がどう対応すべきか」と考えてしまうことによって生じる。「どう対応すべきか」という意識に反して、何も対応しないことに苦しさを感じてしまうのである。しかし、これも一歩引いて考えてみれば、これも意識して出てきた考えではない。無意識のうちに、勝手に生じてしまう考えである。取調官の言葉に「どう対応すべきか」などと考える必要はないのである。ところが、ここでまた、人間の厄介な心理が発生する。「考えないでおこう」と考えると、人間は「考えてしまう」生き物なのである。

ではどうするか。「考えないでおこう」と考えるのではなく、「別のことを考える」のである。密室の取調室で、取調官の存在を無視して、「別のことを考える」のは難しいように思えるかもしれない。これも、そう考えるから難しいだけである。とにかく「別のことを考えればよい」。やってみればそれほど難しくないはずである。

そして、取調べのときには「別のことを考える」一つの方法として、うってつけのものがある。「自分がどう対応するか」を考えるのではなく、「取調官の発問をひたすら覚える」ように、依頼者にアドバイスするのである。そして、覚えた内容を被疑者ノートに記録し、弁護人の接見で伝えてもらうのである。これは、札幌弁護士会の川上有弁護士「発明」し、周りの弁護士に推奨している方法である。筆者も依頼者にこの方法を勧めてみたところ、長い取調べで、単に黙っているより、よほど楽になった、という感想を聞くようになった。確かに、取調べで「何も考えずに、とにかく黙っていろ」とアドバイスするより、「相手の言葉にどう対応するかを考えるのではなく、ひたすら覚えておいて、被疑者ノートに記録してね」という方が、具体的であるし、依頼者にも具体的な目標ができて、黙秘もしやすくなるであろう。

弁護士諸氏にはこのアドバイスを、是非試してみることをお勧めしたい。もし、読者の中に、これから取調べを受ける可能性がある人がおられるのであれば、少なくとも弁護人と相談して具体的なアドバイスを聞くまでは、「黙秘して、取調官の発問を覚える」ことを実践されることをお勧めする。